《村から抜け出すための“切符”》
ケニアのケブセ村に、ペリス・ボシレという名の少女がいた。家はトウモロコシを栽培していて、彼女は母親の畑仕事を見ながら
育った。村人は全員が農家で、あとは農業を継ぐ子どもたちを教える教師だけだ。現金収入はほとんどなく、誰もが自給自足の暮
らしを続けていた。
しかし、ボシレの運命に転機が訪れた。10歳の時だ。両親が入れてくれた寄宿学校に、誰かが寄付した中古のパソコンが7台あっ
たのだ。初めて見たときは何の機械かわからなかったし、キーボードの打ち方も知らなかった。それでも抜群に頭が良かったボシ
レは、コンピューターが村から抜け出すための“切符”だとすぐに理解する。
ボシレは優秀な成績を収め、コンピューターが完備された一流高校に進学できた。そして全国科学コンテストで優勝し、奨学金で
ナイロビ大学に入る。寮で同室になったリタ・キマニも貧しい農家の出身で、やはりコンピューターが得意だった。
二人はチームを組んでプログラミング・コンテストで勝ちまくり、やがて将来について考えるようになった。「思い浮かんだのは
自分たちの生い立ちと親がやっていた農業のことでした。そして、誰一人として農業のために融資を受けたことがないと気づいた
んです」とボシレは振り返る。
2014年春からボシレとキマニは空いた時間を使って農家や銀行に話を聞いて回るようになった。ケニアでは労働人口の3分の2が
農業に従事しているが、融資を受けられることはまずない。アフリカ全体でも状況は同じだ。けれども携帯電話を使って財務記録
をつけたり、返済できたりするようになれば、リスクを嫌う銀行も農家への融資に積極的になるだろう。二人はITを使って、銀行
と農家の橋渡しをする仕組みをつくり出せると確信した。
2015年5月、ボシレとキマニは農家向けデジタル記録管理システム「FarmDrive(ファームドライブ)」をスタートさせた。銀行
はこの記録で信用度を評価し、小口融資に適格かどうかを判断する。現在は数十万軒の農家の記録がデータベースに入っていて、
約830軒が融資を受けるまでになった。
でも、これだけでは終わらない。「ケニアの小規模農家は500万軒以上、アフリカ全体だと5000万軒になるでしょう。ファーム
ドライブは、当初から世界展開を視野に入れていました。現在はアジア向けに開発を進めています」
ボシレとキマニが、地域を良くしたいという思いから始めたファームドライブは、ケニアのITベンチャーが最も望ましい形で開花
した例といえる。今では世界各地で講演を行い、外国でも市場開拓の機会を探っている二人だが、拠点はあくまでもケニアだ。
歴史と文化が育んだケニア独自の創造力に富んだ気質が、貧しい農村出身のボシレとキマニにも息づいているといえそうだ。
http://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/17/120100469/?P=...
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