『がんの消滅』#1
2020年9月、厚生労働省から正式に承認を受け、楽天メディカルが普及に尽力中の光免疫療法。およそ9割のがんに効く治
療法であると期待されている。がんという複雑怪奇な病に立ち向かう、この治療法はいったいどうやって生まれたのだろう
か。
『がんの消滅:天才医師が挑む光免疫療法』 (芹澤健介[著]/小林久隆[医療監修]、新潮新書)より、一部抜粋、再構成
してお届けする。
始まりは、がんを「治療する」ための研究ではなかった?
2009年5月、米国メリーランド州ベセスダ。ワシントンD.
C.のすぐ北西に隣接するその町に、アメリカ最大の医学研究機関、米国国立衛生研究所(NIH:National Institutes
of Health)はある。そのNIHの主任研究員、小林久隆の実験室で奇妙な現象が起きていた。
――がん細胞がぷちぷち壊れていく。
当時、小林が取り組んでいたのは「がんの分子イメージング」である。
医学における〈イメージング〉とは人体内部の構造などを解析、診断するために画像化すること。「がんの分子イメージン
グ」とは、つまりがんを可視化する研究だ。がんを「治療する」ための研究ではない。ましてやがん細胞を破壊するなどと
いうことが目的ではない。
がん細胞の表面には他の正常細胞にはないタンパク質が多数、分布している。がん細胞を移植されたマウスの体組織内に、
このタンパク質とだけ(特異的に)結合する物質を送り込んでやれば、がん細胞にだけその物質がくっつくことになる。
この物質に蛍光物質をつけてやればどうなるか。がん細胞だけを光らせることができる。外科手術の際は、その光っている
部分、がん細胞だけを取り除くことが可能になるし、取り残しも防げる。簡単に言えば、当時の小林が取り組んでいた研究
のひとつはそうしたものだった。
その日、朝から試していたのは〈IR700〉という光感受性物質だった。光に当たると化学反応を起こして発光する物質であ
る。IRはInfrared=赤外線の略だ。700nm(ナノメートル)付近の波長の光に反応するからIR700と名づけられた。
700nmの光とは、テレビの赤外線リモコンでも使われるような無害安全な種類の光である。紫外線のような波長の短い光だ
と細胞を傷つけてしまう恐れがある。そのために選ばれた可視光に近い近赤外線である。
その光を何度がん細胞に当ててもうまく光らない。
マウスのがん細胞と試薬はちゃんと結合しているはずだった。だが、きれいに光らない。がん細胞が仄かに発光はするのだ
が、際立った反応を見せることもなく、そのまま暗くなってしまう。明らかにほかの試薬とは違う反応だった。実験は失敗
に見えた。
「またダメだ……」
https://news.yahoo.co.jp/articles/f321269b45fe0ccf62f2f...
返信する