ちなみに、私がこの『バースデイ』という作品で最も印象に残ったのは、
30年の歳月をまたぐ次の描写です。
― 3年目(バートにとっては3日目)―
(前略)
ディアドリという女の子が、車輪のついたプラスチックの玩具を持ってきた。
軸受けの溝から車軸がはずれている。
バートが元どおりにはめてやると、車輪はまた回るようになった。
ディアドリは育児マシンにとどめられ、ようやく「ありがとう、バート」と礼を言ってから、
玩具を持っていった。
(後略)
― 31年目(バートにとっては31日目)―
今日はディアドリが起きていられないほど具合が悪く、ベッドにいるという。
「彼女はあなたが好きなのよ、バート」チャオは悲しそうに言った。
「少し話をしていらっしゃい」
バートはディアドリの部屋に行き、今まで見てきた誰よりも病み衰えた人間の姿に接した。
ディアドリは話をするには、かなり意識が混濁しているようだ。
「ガリーナが薬をあげてるわ」チャオが、部屋から出てきたバートに説明した。
「それでも、痛みがひどいの」
「痛み?どうして?」
「ガンじゃないかって話なのよ」
(後略)
― 32年目(バートにとっては32日目)―
ディアドリは死んでいた。
バートは驚きはしなかったが、胸にぽっかり穴があいたような気持ちだった。
(後略)
― 33年目(バートにとっては33日目)―
(前略)
ここのところそうだったように、みんなはひどくバートにやさしく、甘やかし、抱き締め、
大騒ぎし、本当はみんなのバースデイなのに、バートのパーテイにしてしまった。
(中略)
あとになってバートは、部屋のすみに置き忘れられたままになっているものを見つけた。
飾りものといっしょに偶然引っぱりだされたらしい。
それは一ヵ月前、ディアドリのために直したおぼえのある、車輪のついたプラスチックの玩具だった。
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